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キレイな想い出なんかいらない

Myself

絶賛花粉症中です。

最悪や!

あおねぎです。

 

さて。

私はとっても怖がりですので、

いさかいや争いごとはなるべく避けたいと思って、

行動することが多いです。

 

人間関係についても、

だから、

家族はともかく、それ以外のひとと喧嘩することってあんまりないのです。

んが。

まあいろいろあったんですね、

んで、いろいろあった結果、

思ってることとかちゃんと言えるようにならんとあかん。

怖くても、自分の気持ちをまっすぐに言えるようになりたい。

と、思うようになり。

少しずつ、訓練しました。

 

大好きすぎて言えないとか。

嫌われたくないから言えないとか。

こんな自分みせたくないとか。

はずかしいとか。

自分がちょっと我慢すればすむとか。

 

そういうのはもうやめようって。

怖い怖い怖いと思いながらも。

少しずつ。

どんな手段でもいいから。

また、時間が少したってからでもいいから。

声や手が震えてもいいから。

涙が出てきてもいいから。

自分が気にしていることや、思っていること。

大事な人には特に。

伝えていこう。

 

だいぶ楽になりました。

ほんとうは、どうしたい?

怖くてもいいから、とりあえず、

私はどうしたい?どうなりたい?

 

いつもだったら。

キレイな想い出にして、あきらめようなんて。

そのほうが賢いなんて。

そういう選択をしてしまうところ。

 

キレイな想い出ってなんだよ。

勝手に終わらせんじゃねーよ。

それがどうにも、自分のわがままだということ。

わがままでしかないということ。

 

それをみつめようと思った。

全然キレイじゃない、そのおもいとともにいようと思った。

全然キレイじゃなくてもいいから、

現実を生きようと思った。

 

大好きなもので自分の世界を満たすために。

自分にとって、ほんとうにだいじなものだけを、

だいじにできるように。

 

でもね。

そうしたら。

澄んでくるんです。

不思議だけど。

まだまだだけど。

ちょっとずつ。

YUKI「さよならバイスタンダー」

Music

久々にサイボウズの壁紙をかえたら気分転換になりますね。

今までネコの壁紙でしたが、プラネタリウムにかえました。

あおねぎです。

 

最近、YUKIのこの曲と、

「ポストに声を投げ入れて」を交代でエンドレスリピートしています。

 

初めて行ったライブはYUKIで、大好きなアーティストです。

新曲前にいつもやってくれるYUKI web Radioも楽しくて、

しあわせ~って思いながら聴きます。

 

natalie.mu

 

この記事を読んでいて、

バイスタンダーって言葉を知っていて歌詞にしたのではなかったんだ!

ということを知り、驚いています。

3月のライオン」も大好きで、アニメはみてないのですが、

映画はとっても楽しみにしています。

 

この曲は、とてもとても強い曲。

ていうか、どこの歌詞もスバラシイ。

才能、って言葉を使ってしまうと、

ちょっとずれるのかなっていう気もするけど、

ここで言いたいことって、才能というか、

自分に必要なもの、ってくらいに私は受け止めました。

自分に必要なものは、もう、最初から、自分は持ってるんですよね。

で、それをどう使うか、与えられたものをどう使い切るか。

ひとはうらやましいと思うかもしれない。

でも、それって本人じゃなきゃわかんないんですよねえ…

あきらめにも似たような、でも、強くて気高いプライドにもなるもの。

 

あと、個人的に好きなところはココ!

 

「今まで歩いてきた

つたない文字の無邪気な足取りが

間違いだらけだとしても

夜は明けた

大きな声で叫ぶよ

慎ましさとか 孤独とか 空しさを

もっと知って愛されていくよ

こわくて こわくて こわくて投げ出したくても

僕は 僕に誓うよ」

あきらめられないこと、あきらめきれないこと。

Myself

UsherのBurnが通勤ソングのお気に入りです。

青く高く遠く晴れた朝の空って気持ちがいいですね。

あおねぎです。

 

あきらめられないこと。

あきらめきれないこと。

ありますか?

できないけど、

どうしてもできるようになりたいこと。

どうして惹かれるのかわからないけど、

離れられないこと。

 

私にとってそれは、

英語です。

語学です。

ことばです。

 

最近気づいたのですけど、

ことば・言語って、制限ですよね。

情報量ということで言えば、

映像や絵、イメージのほうが圧倒的です。

ことばにならない、というそのひとことが示していますよね。

 

あるひとが、

制限があるから、創造性や「らしさ」が生まれる、って

私に教えてくれたことがあります。

 

どちらに惹かれるかといって、

絵や映像の世界も大好きです。私は。

しかも、一時期なんて、

そっちの方がことばの世界より、優れている、くらいに思ってたこともあります。

 

でも、

結局のところ、

私は、言葉で考えるし、言葉で自分の思いを伝えるし、

言葉で相手の思いを受け止めようとするし、

言葉を通して、いろんな世界を知ります。

 

だから。

おもしろい。

制限があるから。

「犬」ということばについて、立ち上るものがひとそれぞれ違うから。

おもしろい。

 

終わりがないから途方に暮れるし、

終わりがなくていやになるわって、

思ってたのです。

でもべつにそんな風に思わなくていいんですよね。

むしろ、終わりがないから、おもしろいししたのしい。

 

 

ともにあるもの-LALALAND

Cinema

春だなあ、と思ったら花粉症です。

あおねぎです。

 

初めて書く映画についての記事がこれでとっても嬉しい楽しい大好き!いえい。

 

キラキラして、素晴らしいエンタテインメント映画でした。

私は、映画をみるときって、

話の筋はもちろん大切なんだけど、

出演者の洋服や、お部屋にあるモノに興味がそれていることが多いです。

この映画は、とってもカラフルなんですよね。

ミアのお洋服がどれもとーってもかわいくて、だいすきでしたし、

ミアとセバスチャンが二人で暮らし始めると、

黄色い鉢植えのお花がお部屋に飾られていて、

ああスバラシイ!って思いました。

 

ミアとセバスチャンが、二人でピアノを弾くシーン。

良かったですねえ。

後ろの薄い黄緑色の生地も薄いカーテンと、ミアのラベンダー色のお洋服。

とても柔らかいのに鮮やかで、あたたかくて、

ずっとみていたい、と思いました。

 

あと、この映画のタイトルで使われている字体も好きです。

ものすごくよく、この映画の雰囲気を表していますよね。

 

voguegirl.jp

 

で。

私の太陽星座の運勢byしいたけさんの記事。

これ…とてもよく当たっているような気がします。

私自身は、過去にしがみつくって好みではないし、

割とばっさばっさと切り捨てあきらめてしまうところもあるんですけど。

涙出るほどうれしい記事です、これ。

読んだ時の高揚感というか、熱というか。

自分の中に生まれたそれ。

ありがとう、しいたけさん。

 

でね、

LALALANDもさ、ミアとセバスチャンの恋、

終わってしまった(=過去になった)それ、のお話ではないですか。

でもそれは、事実だけをみれば、結果だけをみれば、

終わってしまったかもしれないけど、

それぞれの人生においては、やっぱり、

ともにあるもの、だし、それぞれがそれぞれの一部になっている、んじゃないのかな、

と思います。

 

ameblo.jp

 

ameblo.jp

ameblo.jp

 

なんというか。

私も、よくはわからないのですが、

 

エネルギーの質、みたいなものが同調すること。

相乗効果で、互いのエネルギーがらせん状に上昇していけること。

 

条件とか、うわべのことではなくて、

なんとなく、そういうひとと最上のタイミングで出会うように、

自分が一番、自分をあきらめなくて、応援してあげていたら、

そうなるんじゃないかな、

そして、それは、自分のためだけじゃない、出会いになるんじゃないかな、

しいたけさんの記事とLALALANDで、そう思いました。

Connectedness

StrengthFinder

最近仕事へのやる気がどんどんなくなっています。

春だから?春だから。

どうしたものやら…あおねぎです。

 

http://ストレングスファインダー.com/category4/entry14.html

 

ストレングスファインダーの3個目。

運命思考。

訳された日本語だとわかりにくいですね、

英語のままのほうが、イメージつかみやすいかなって思います。

 

すべてはつながっている、

自分が誰かにしたこと、世界に対してなげかけたことは、

なんらかのかたちで、

自分にかえってくる。

 

独立した個でありたいというおもいと、

ひとりでは意味がない・私を必要としてくれるものとつながりたいというおもい。

両方がある。

 

特徴のところに書いてあることで、

あてはまるかなあーと思えるのは上記の部分でしょうか。

(私なりのことばで言い換えてます)。

 

自分より大きな、なにか、「力」のようなもの、

それはなんとなく、あるような気がします。

ようわからんけど。

 

なるようにしかならない=なるようにはなる、

と思っているところがあって、

最後の詰めが甘い。んですよね。

運命思考が強いほかのひとがどうかはわかりませんが、

私はこれは私の欠点だなーって思っています。

 

ほんとうは、最後まで、やりたい。んだよね。

うん。

どこか、投げやりになっちゃいがち。

投げやりな自分について、あとで自己嫌悪に陥るんだから。

ねえ。

 

でも、この考え方自体は、けっこう好きかな。

Connectedness。

奥が深いと思うんだ。これ。

PinkPinkPink!

Colour

今朝、Sweet Elf という言葉が浮かびました。

薄いラベンダー色のふわっふわした髪の毛をもつ妖精さん

…というイメージ。

妖精さんは居るんじゃないかな。

イタイ子ではないですよ!私は。きっと。あー。

あおねぎです。

 

春だからか、ピンクがとっても気になります。

カラーセラピストのお勉強はしたので、

色に関する基礎知識はあります。

 

ピンクはやっぱり女性の色なんですよねー。

やさしさ、やわらかさ、あたたかさ、かわいらしさ、あまさ。

ロマンティック、キュート、幼児性、女性的な包容力。

だから、小物でもなんでもよいので、女性には身近においておいてほしい色ですね。

 

カラーセラピストの先生にも、

ピンクは取り入れたほうがいいって言われてからは、

ピンクもファッションなどに取り入れるようにしています。

 

でも。

その前は、ピンクにはとっても抵抗がありました。

堂々と選べなかった。

ブルー、ブラックを選ぶことが多かったです。

ここ2年くらいでかなりかわりました。

意識が。

20代の頃にも、

自分が好きな、スイートな感じのものを選んでいたときはありましたけど、

意識が違っていたと思います。

自分が納得のいくかたちで生きていなかったので、あきらめてました。

かわいい格好をしてみても、満たされてなかった。

長かったなあ…

私をコントロールしてこようとするパワーに対して、

私はひそかに抵抗し続けるタイプなんだと思う。

でもそーゆーのって、自分をめちゃくちゃ犠牲にしてしまうから。

ちゃんと自分が自分の声・本音を聴いてあげる。

それを叶える行動をする。

もしくは、怖くても、言いたいことは言ってみる。とか。

(それが、常識から外れてるとしても。

「いま、働きたくない…」みたいなことでも)。

自分が自分の本音を認めてあげていたら、だいじょうぶだから!

ちゃんとみてるよ、って。

自分で自分にそういうサインを送ってあげる。

 

ほんとのほんとのほんとはどうしたい?

すべてが。

肩の力を抜いて、そのまんまで。

うまくいくとしたら、どうしたい?

どうありたい?

どんな感情でいたい?

 

いきなり大きなところではなく。

 

いま、なにが食べたい?

どんな服が着たい?

観たい景色はある?

どこか行きたい?

なにがしたい?

疲れてたらゴロゴロしよ?

 

誰かの賞賛や注目ではなく。

あくまでも。

自分。

外側は、内側の鏡なだけだから。

 

自分がいま。

ここちよくあれば。

ぜんぶ、うまくいく。

 

そう、だから、

ピンクだって、そういう気分じゃないときは、選ばなくていいんだ。

すぐに、なんでもルールにしてしまう癖がある私だから。

でも、選んでしまっても。

そんな自分もまる。

Empathy

StrengthFinder

新しい濃いピンク色のA4ギリサイズの鞄を買いましてルンルンです。

春ですね!

あおねぎです。

 

http://ストレングスファインダー.com/category2/

 

さて。

ストレングスファインダーで私のなかで2個目に高かった特性です。

共感性…Empathy。

まあ、これはね…納得というか…

だって、なんかもう、わかっちゃうんだもん!って感じですね…

これを活かした仕事を今のところやっていると思います。

秘書はねー…他人の感情に対する敏感さというか、それは必要だと思うの。

たまにネガティブな方向に自分の視点というか感情が振れていると見誤るんだけど。

大抵が気にしすぎだし、ベクトルが自分に向きすぎているときは、

ちょっと仕事場を離れて切り替えます。

敏感さも大事だし、

でも、鈍感さもおなじくらい、大切ですね。

なにがあっても、コンスタントにクオリティを保って業務を遂行できること。

これは私の課題です。

 

大学時代、ひとに褒められたことのひとつで、

「あなた(=あおねぎ)は人の話を否定しないで聴ける」

というのがありました。

なんというか、これはポリシーかもしれないです。

そのひとがみている、おもっている、現実、事柄、について、

それがゆがんでいる?、と私が感じるとしても、

私が感じることを話したり、違う方向へ促すことには、

あんまり意味がないと思っています。

だって、そのひとにはそのひとの世界があるから。

それは、誰のとも、もちろん、私のとも同じではないから。

 

基本、ひとと話してるとき、私はうなずいてるか、

感嘆の言葉(つまりあまり意味をなさない言葉。えーー…とか、うーん、とか)を言ってるか、そんなくらいです。

そうですかーとか、まあ…ねえ…とか、おっしゃる通りで…とか。

人の話を聴くのって、楽しいことでもあるけど、疲れることでもある。

でも。

そのひとの世界をそのまま、なるべく、そのまま、知りたいから。

私は、よく、聴けるひとでありたい。

もちろん、意見を求められれば、それはいろんな前置きをしつつ、

話すでしょうけど。

 

とても親しい人には、

自分の考えとか思ってることをあけすけに語れるし、

そういう人の前では、子どもみたいなままでいたいけど。

それはまた別のお話。